「二十四の瞳」と呼ばれ77年春に準優勝したメンバーが一塁側アルプスで応援した。エース山沖之彦さん(元阪急、阪神)は「やっているときはスタンドの雰囲気が分からなかった。すごいよ、この応援は。(当時のメンバーと会い)同窓会を甲子園でできて嬉しい」とえびす顔だった。


 メンバー12人のうち、山沖さんとバッテリーを組んだ押川正志さんが他界。押川さんが使ったミットをベンチに置いて、中村ナインは40年ぶり甲子園を戦った。
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