【鈴木誠治の我田引用】プロボクシングの村田諒太選手が、5月20日に世界タイトルマッチに初めて挑む。長い歴史と激闘の伝統を誇り、世界的に層が厚く、日本人には体格的な不利もあるミドル級での世界挑戦は、そのこと自体に価値があるが、五輪金メダリストとして臨む村田選手には、大きな期待がかかる。


 この試合を前に脚光を浴びているのが、元WBA世界ミドル級王者の竹原慎二氏だ。1995年、日本選手として初めてミドル級の世界王座を獲得した。テレビの生中継なし、深夜の録画中継も関東ローカル。世間的な期待がほとんどない中での歴史的快挙だった。

 竹原氏で思い起こすのは、東洋太平洋タイトル戦での李成天(韓国)との2度の激闘だ。初戦は逆転KO、2度目はダブルノックダウンを経ての判定勝ち。自称「広島の粗大ごみ」は、気持ちの強さだけでは語れない、底の知れないしぶとさを持っていた。常に退路がない崖っ淵に立っているような戦いぶりだった。



 この頃の奴等は、勝ち負けに関係なく、どっちへ転んでも損がいかないような工夫がしてある。奴等は博打を打っているんじゃない。つまり、商売をしてるんだ。



 阿佐田哲也名義で色川武大氏が書いた小説「麻雀放浪記3 激闘篇」に出てくる一節だ。

 日本で戦うボクサーにとってミドル級は、勝ち続けても、まず世界挑戦の機会は巡ってこない。1度でも負ければ、道は確実に閉ざされる。やっと世界挑戦を手にしても、負ければ間違いなく次はない。「広島の粗大ごみ」は、世界戦前から、リングで鬼気迫る覚悟を見せ続けてきた。



 身体を張らない安全博打で遊んでるような野郎は大嫌いだ。奴等は博打をナメてるが、博打ばかりでなくこの世のいろんなものをナメて暮らしている。



 日本選手にとってのミドル級は、安全博打ができない階級だろう。失礼ながら、他の階級と違って、「挑戦」も「もう一度」もほぼないから、世界を目指すのなら、負けても損がない工夫をしている余裕はない。体を張り続けるしかないのだ。竹原氏は「運があった」と言うが、あの世界戦で、ダウン経験がない王者からダウンを奪った左ボディーアッパーには、運を引き寄せる強い思いがこもっていたと思う。

 さて、村田選手。高校時代、新入生勧誘のエキシビションでボクシング部の後輩が、部員ではない空手経験者にやられたため、その空手経験者をリングでボコボコに殴りつけた。空手経験者が学校に告発し、退学を覚悟した時、武元前川監督に言われた言葉が、忘れられないという。

 「おまえが人を殴るというのは、そういうことなんだよ」

 おまえの拳には、可能性が宿っている。使い方を間違えるんじゃない。村田選手は、そういう意味だと心に刻んだ。その拳が、勝負の時を迎える。「ミドル」で生きる日本選手しか味わえない、絶壁を背にした戦い。最後に、「怪物」と称された色川氏の、この言葉を書いておきたい。



 安全を求めれば仮の姿でしか生きられない。



 ◆鈴木 誠治(すずき・せいじ) 安全運転が好きな50歳。ボクシング担当時代、何度も1面原稿を書いたが、1面になったこと(たぶん原稿の出来よりも)を最も喜んでくれたのが、竹原氏だった。村田選手は、ロンドン五輪前に取材した縁もあり、注目している。
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