フリーアナウンサーの久米宏(72)が16日、TBSラジオ「久米宏ラジオなんですけど」(土曜後1・00)に出演、7月7日に亡くなった永六輔さん(享年83)を特集した。

 久米氏は永さんを“ラジオの神様”と語り、「いまだに実感がわかない。信じようとしていない。彼は中学時代からハガキ職人の投稿魔で、それが高じてNHKに採用されて、テレビの黎明期に構成作家をするようになって。その後テレビからラジオに舵(かじ)を切って、“ラジオ”と“旅”に舵を切ったわけなんですけど、その頃1967年に僕がTBSに入って。僕の本棚には永さんの本がずらっとならんでいます」と語り、永さんの膨大な著作の中から1冊の本を取り上げた。


 “夫笑婦随”の名随筆と言われる昌子夫人との共著「妻は夫にさからいつ夫は妻をいたぶりつ」(学習研究社、1974年)は冷蔵庫に関するテーマで、永さん、昌子夫人がそれぞれ思うことを語っている。

 永さんが「冷蔵庫は新鮮に保存するところであって、ゴミ箱ではない。昌子は食料を捨てることが出来ない。僕もわかるが飢えを経験した世代だから。古いものから食べるからいつまでたってもパリパリとしたサラダが食べられない。何とか新鮮なセロリをたべたい」と、嘆いている。「戸棚もいっぱい。もったいないというのだ。これは食料にだけ発揮される。それ以外は気前がいい女なのである。今は平和かな、でも新鮮な食事を食べたい」とつづると、昌子夫人は一枚上手で「新鮮なサラダなんてものが、この世に存在するということを信じてはなりません。満員電車のような冷蔵庫を開けると、私は喜びと幸せでいっぱいになるのです」と、冷蔵庫の概念を覆しつつ、パール・S・バックの「大地」のように、冷蔵庫は私の大地そのものだと、ノーベル文学賞作家を引き合いに出し、日常を大きく包み込む。実際のところ、腐る一歩前の野菜を料理するために少し濃い目の味付けをし、とてもおいしいと信じ込ませつつ弁当にして娘たちに持たせるなど、おかしみのあるやり取りに、人柄がにじんだ。

 番組の中では2010年1月2日に久米と永さんの対談も一部放送。当時77歳の永氏は「昔は何分何秒と言われたらピシッとできたけど、からだの中の秒針が動かなくなってダメだね。分針はまだ動いてるけれど」と語る。そして、「テレビだと、向こうは知ってるけどこっちは知らないというのが嫌なんですよ」という永氏に、「ラジオはいいんだ?」と話を向けると、「年間4万通ぐらい返事を書いている。父から、人からもらった手紙に返事を書けないようなやつはダメだって教えられた」という。さらに「追いつかないから年賀状なんか、旧暦元旦で出しちゃう。そうすると、途中で年賀ハガキのお年玉抽選日がきて、たくさん当たっちゃうから出せなくなる」と、オチをつけた。

 リスナーからも、これを裏付ける声が寄せられた。45歳の主婦は「夢で、着物が買いたくてもお金がなくて、そんな時に永さんがお金を貸してくれました」というハガキを送ったところ、「夢ならいくらでも貸します」と返事が来たという。久米は、柔らかに語った。「一日中8時間土曜日に『永六輔の土曜ワイドラジオTokyo』を5年聞き続けて洗脳されてしまい、いま僕はここに座っているわけです」。
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