リオデジャネイロ五輪第3日・男子フルーレ個人2回戦 太田(森永製菓)13―15トウド(ブラジル)
(8月7日 カリオカアリーナ)
 歴史を塗り替えてきた希代のフェンサーが、静かに剣を置く。男子フルーレ個人で世界ランク2位の第1シード・太田雄貴(30=森永製菓)は、初戦の2回戦で世界66位のギレルミ・トウド(23=ブラジル)に13―15で敗れた。悲願の五輪金メダルには届かず、試合後に現役引退を表明した。


 厳しい現実を懸命に受け入れ、太田がピストにそっと手を触れた。地元の大歓声に乗ったトウドに屈した瞬間、心は決まる。アスリートとして、もうこの舞台に帰ってくることはない。日本をけん引してきたエースは、「未練なく現役を退けるくらい、すっきりしている。五輪には感謝の気持ちしかない。ここまで育ててもらった」と勝負の世界に別れを告げた。

 父・義昭さんに「スーパーファミコンを買ってやるから」と誘われ、小学3年で始めたフェンシング。「フィッシング(釣り)をやっているんですね」と周りから言われるほど競技の認知度は低かったが、結果で世間を振り向かせてきた。

 08年北京は個人、12年ロンドンは団体で銀メダルを獲得。昨年は世界選手権の個人を制した。キャリアに唯一足りないのが、五輪の金メダル。それでも、「五輪に対する覚悟がロンドンや北京に比べて弱かった気がしている」と振り返り、「五輪では言葉ではなく、心の底から金メダルを獲りたいと思わないといけない。まあ、最後にずっこけて負けるあたり、僕らしい」と自嘲気味に笑った。

 ロンドン後、競技を離れた。20年東京五輪・パラリンピックの招致活動に関わり、開催地が決まった13年9月の国際オリンピック委員会(IOC)総会では、プレゼンテーションの大役を務めた。新たな世界を知り、復帰の意欲は湧いた。休養中、週に5回は寿司を食べ、見事に割れていた腹筋はぶよぶよに。最初はウオーミングアップでもおう吐した。マイナスからのスタートだったが、剣を握る喜び、フェンシングがうまくなる楽しさを再認識して、4度目の五輪にたどり着いた。

 国際連盟のアスリート委員長を務めるフェンシング界に携わりながら、今後は別の道も模索する。「スポーツ選手の引退後の選択肢が少ない気がする。選択肢を増やせるような役割を担っていきたい。世の中の人を驚かせるようなことをしたい」。サプライズに満ちた“第二の人生”が今、始まった。

 ▼太田の15年世界選手権 男子フルーレ個人で、団体も含めて日本初の金メダルを獲得。マシアラス(米国)との決勝は7―2から5連続で得点を許すピンチもあったが、多彩な攻めで15―10とした
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