後半15分くらいから足が(けいれんを起こして)やばいなと。でも、サポーターの声援が聞こえて、最後まで気力で走り切ることができました。

 思い返せば、4月14日の前震のときは、風呂から上がって、ちょうど体を拭いてる最中に揺れた。素っ裸だったので、やばいと思って、すぐ服を着た。幸い揺れはすぐにおさまって、棚から物もそんなに落ちなかった。停電もなかったので、家からも出なかった。家族はちょうど実家の滋賀に帰っていました。


 16日未明の本震のときは、翌日が京都戦(西京極)に向けて移動だったので、寝ようと思ったけど、なかなか寝られずにいた。揺れて、停電して、情報が何も入ってこなかった。家を出たら同じマンションの人たちが下に集まっていて、ガスの元栓閉めてるとかみんなで確認し合っていたので、僕も一緒に話をしました。その後、車に乗って中にあるテレビで情報を見ていたら、震度5強の余震が来て…。荷物を何も持たずに毛布だけかぶって家を出たので、取りに戻ったら、靴が散乱していて入り口がふさがっていて、乗り越えて家の中に入った。棚の物は全部落ちていて、冷蔵庫も倒れて、食器棚も凄く移動していた。

 そこから2日くらいは怖くて家に帰れなかった。駐車場で寝たり、人が多少いるところの方が安心だったので、そういうところに車を止めて過ごした。実家のある大分に逃げようとも思ったけど、大分でも地震があったし、家族も大丈夫とのことだったので、熊本に残ろうと思った。

 本拠地の「うまスタ」を見て、いつ使えるんだろうな、いつホームゲームができるんだろうなという感じでした。自衛隊の人もたくさんいて、支援物資もあって。サッカー教室や避難所に行ったりすると、僕ら選手というのは皆さんから声を掛けてもらえる。物資を届けて元気にしようと思って行っているのに、逆に元気をもらって、頑張らないといけないなと思った。

 僕らサッカー選手は熊本を元気づけることが役割というか、目に見えて、そういうことができる職業。被災地としてメディアに注目されている分、伝えられる手段も増えていると思う。もちろん責任をしょいすぎても駄目だけど、うまく皆さんに発信していければいいなと思います。

 試合後にフクアリを一周歩いて、声援をもらって、「Jリーグはいいな、サッカーって楽しいな」って改めて思いました。悔しい結果になってしまったけど、早く勝って勢いをつかみたいですね。 (ロアッソ熊本MF)
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