8月2日、FC東京クラブハウス。今季限りでの現役引退を表明した元日本代表MF石川直宏(36)は、茶髪で会見に臨んでいた。「ずっと最近、黒かったんですけどね。会見で、どうのこうのじゃないですけど…」。かつてギラついていた、憧れの先輩のように豪快でいたかったのかもしれない。


 石川には、今も忘れないサッカー人生の岐路がある。ジュニアユースから慣れ親しんだ横浜から出場機会を求め、02年4月にFC東京へ期限付き移籍。「横浜から“帰ってきてくれ”と言われ、かつFC東京から“残ってくれ”と言われる状況をつくりだす」。そう心に決め、がむしゃらにゴールを目指した。

 03年夏、その状況が幸運にも訪れた。横浜か、東京か。人生の岐路にぶち当たり、相談したのが横浜の先輩である故・松田直樹さん(享年34)だった。ファッションをまね、ご飯にもよく連れて行ってくれた兄貴分に悩める胸中を話すと、意外な言葉が返ってきた。「まだマリノスではクラブの顔になるまでに時間がかかるかもしれないけど、FC東京で今のプレーを続けていたら間違いなくお前はFC東京の顔になる」。石川の性格までも見抜いた的確な意見だった。

 「その言葉に凄くピンと来た。その姿を示し、その思いのプレーがあれば、チームの顔、象徴として戦い続けることができる」。その後はFC東京でまばゆい輝きを放ち、タイトルももたらした。憧れの存在との不思議な縁は続く。松田さんは11年、弟でGKの扶(たすく=12年現役引退)が所属していた当時JFLの松本に入団。FC東京と松本は同年4月、松本で東日本大震災チャリティーマッチも行った。試合後に交わした会話が、松田さんとの最後だった。

 石川はドイツ遠征中の15年8月2日に左膝を負傷。「自分にとって非常に意味のある日」だからこそ引退会見を行った。くしくも、松田さんが急性心筋梗塞で倒れた急報を受けたのも11年の8月2日だった。「全てをひっくるめて良いものに変えていきたい」。多くの意味の込められた8月2日に、もう一度ピッチに立つという決意を込めた。石川は残された時間に全身全霊を注ぐ。(大和 弘明)
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