子供の頃に憧れたスーパー戦隊シリーズや仮面ライダー。登場人物のアクロバティックな動きを自分もやってみたいと、バック転に挑戦する大人が増えている。年を重ねてから習得するのは無謀にも思えるが、そんな人たちの夢をかなえる「バック転講師」がいる。東京都板橋区にある「バク転教室」を訪ねた。

 外見は倉庫にしか見えない建物だが、中には体操教室のようにマットや跳躍器具などの設備が並ぶ。開始時間になると、生徒がそれぞれ準備体操をし、次々と跳びはねる。5歳の少女から61歳の男性までが同じ空間でバック転に挑戦。なかなかない風景が広がっていた。

 大関真悟(39)は生徒の跳び方にアドバイスをしながら時折、笑顔で雑談を交わしていた。「体操競技を真剣にやる教室ではなく、バック転を跳べるようになるための教室なので、笑いながらできるような雰囲気をつくることを一番大切にしています」と話した。

 平日は午後8時〜午後11時、土日は正午〜午後2時に教室を開いている。大関を含めて5人いる講師のスケジュールが合えば、時間外に個人レッスンを受けることもできる。2011年1月に開講してから、門を叩いた生徒は約1万9000人。実際に跳べるようになった生徒は「だいたい9割くらい。30分でできる人もいれば、週1〜2回で1カ月半通ってできるようになった人もいる」という。

 初めて来た人の場合、最初に、足をそろえて体を一直線に伸ばしたまま真上にジャンプする練習。次に後ろにいる講師に向かってジャンプする練習と、段階を踏みながらバック転へと近づいていく。「跳び方を覚えて、後ろに跳ぶ怖さがなくなれば、誰でもできるようになります」と話す。

 「後ろに跳ぶ怖さをなくす」ために活躍するのが「強制バク転くん」と呼ぶ補助器具だ。大関が持つひもが天井に設置された滑車を通り、生徒が腰に巻くベルトにつながっている。生徒が跳んだ瞬間に大関がひもを引っ張ることで、生徒はつり上げられながら後ろに引っ張られ、バック転の感覚を覚えていく。大関が考案したもので、バック転のための補助器具があるのは全国でもここだけだという。

 スクールオープンのきっかけは友人の結婚式の余興だった。「中学校の時はできていた」というバック宙を披露しようとして失敗。流血して結婚式どころではなくなった。「悔しくて近所の体操教室に通ったんですが、体操の教室なので“倒立ができない人は次に進めない”とか、制約が多かった。単純にバック転やバック宙を跳びたい人は体操教室では受け入れてもらえないと思ったときに、“自分でつくろう”と思いました」。

 レッスンに参加していた男性(42)は、子供と一緒に来た結果、自分だけが通うようになった。「バック転は運動神経のいい人の象徴みたいなイメージで憧れる。できたら格好いいなと思って挑戦しています」と話した。

 これまでの生徒で最年長は72歳。その人はバック転だけでなく、バック宙までできるようになったという。大人の受講生について、大関は「ジャニーズなどのアイドルのバック転に憧れていた人とか、仕事を辞めて時間が余っているから挑戦したいという人も多いですね」と話した。

 ステージの上のアイドルに憧れ、戦隊ものに興奮した少年時代。夢は年を取ってからでもかなえられる。バック転ができて自信がつけば、他のことにも挑戦してみようという意欲にもつながるはずだ。そんな場所に導いてくれる“バック転職人”は、高齢化が進行する現代の“ヒーロー”かもしれない。 =敬称略=

 《体操チーム設立》受講料は1回1500円で、入会費や年会費などはない。ホームページで事前に予約が必要で、一度に同時にレッスンを受けるのは約20人となっている。生徒の中には、バック転だけでなく他の技にも取り組むようになった人もいる。そんな生徒たちを集め、大関は体操チーム「日本クリード体操部」を立ち上げ、監督を務めている。日本体操協会からトランポリン審査本部長の武藤真也氏を専属アドバイザーとして招聘(しょうへい)するなど本格的な活動を行っている。約50人の部員は全てバク転教室出身で、床の上で行う跳躍、回転技術を競う「タンブリング」の世界大会で優勝した選手もいる。
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