陸上の大阪選手権第2日が大阪市のヤンマースタジアム長居であり、14年ユース五輪女子3000メートル金メダルの高松望ムセンビ(19=大阪陸協)が故郷で復活への第一歩を記した。女子800メートルの予選3組に登場して2位。先行する選手を2周目に追い上げて余裕を持ってゴール。2分14秒51秒だった。


 「イメージ通りに走れて良かった。不安があったけど、思い切って走れました。ほとんど1年ぶりの試合だったので」

 大阪薫英女学院を卒業した昨春、米国オレゴン州へ。ナイキがつくった長距離エリート集団「ナイキオレゴンプロジェクト」に参加した。夢は、2020年東京五輪の5000メートルもしくは、1万メートルでの金メダル。期待に胸を膨らませて海を渡った。

 しかし、「アメリカではベッタ(大阪弁で最下位の意味)ばかり」と厳しい現実を突きつけられた。昨年10月、米国でのある室内大会。「これでベッタなら、心を休めよう」と背水の思いで800メートルに出場したものの、事態は好転しなかった。以後、練習に身が入らず、今年2月に米国を撤退して大阪に戻ってきた。

 今は、ケニア人でマラソン選手だった父の指導を受けている。朝は妹の智美ムセンビと一緒に汗を流す。傷ついた心を、家族と故郷がいやしてくれた。

 「あっちで通用しなくて。落ち込むタイプでなかったけど、落ち込んで泣くこともあった。陸上をやめよう、もう走りたくないと思ったこともあったけど、小さな目標を持ち続けたことが収穫だと思っている」

 「目標は東京五輪」と夢に向かって再び歩み出した今、1年足らずで終わった米国武者修行を無駄にする気はない。当時は「研修生のような立場」で正規メンバーではなかった。それでも「オレゴンプロジェクト」のチームメイトから温かいサポートを受けた。男子の大迫傑には「車社会なので移動の時に手伝ってもらった」と、感謝を口にする。

 「学んだことは大きかった」。ハイレベルな環境でもまれたことは、かけがえのない財産になっている。かつて都大路を賑わせた快足ランナー。陸上人生初めての挫折を経て、大きく羽ばたいていく。
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