200メートル決勝に史上最年少で進出したサニブラウン・ハキーム(18=東京陸協)はレース中に右太腿裏に痛みが出たことが影響し、20秒63で7位だった。日本勢として、2003年大会銅メダルの末続慎吾以来の表彰台はならず。それでも、手負いでの「世界7位」は、2020年東京五輪へ期待を抱かせた。ラミル・グリエフ(27)が20秒09でトルコ勢の初の金メダルに輝いた。


 異変さえなければ、メダル争いに絡んだかもしれない。7位に終わったサニブラウンはレース後、後悔たっぷりだった。「ハム(ハムストリング=大腿裏)が最後の100でちょっときちゃって、あまり押せなかったのが非常に悔しい。あそこから、もう一段上げていれば本当にメダルに食い込めたんじゃないかな。そこがホントに悔しい」。表彰台が見えかけた分、落胆も大きかった。

 カーブを抜けたところで、100メートル準決勝敗退後に顕著になった右太腿裏の張りが痛みに変わった。トップだった抜群の脚色が鈍り、苦悶(くもん)の表情で直線を走った。それでも、19秒86の自己記録を持つヤング(米国)に競り勝ったのは底知れぬ能力の証。銅メダル圏内20秒11は自己記録より0秒21速いものの、100メートル10秒05で走る今なら、イメージできない数字ではなかった。

 「決勝に出ることに意味はあったけど、勝負できないと全然、面白くない」。03年末続以来の入賞だけでなく、今大会の日本勢入賞第1号になっても満足感はなかった。

 400メートル代表の北川貴理は同部屋で心臓の強さを見てきた。「試合の日でも昼寝を1時間以上もしてます。午前にアップもしない。大丈夫かなと思うけど」。それは初の決勝前でも変わらない。緊張とは無縁の昼寝。そして、決勝へ。ロンドン五輪でも会場だった舞台での盛り上がりを体感し「この年で(決勝を)経験できて良かった」と収穫に挙げた。

 数々のメダリストを手がけたレイナ・レイダー・コーチ(米国)は「もしこのまま成長すれば、東京五輪が終わった後、凄く有名になって、凄いお金持ちになってると思うよ」と未来予想図を口にした。ボルトは05年にこの種目の最年少決勝進出記録をつくった3年後、世界の頂点に立った。100メートルと200メートルを世界記録で制した08年北京五輪だ。新たに誕生した最年少ファイナリストにとっての3年後は東京五輪。伸びしろは青天井だ。
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